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2011/08/31

シニアネット 『おいおい』  第1039号

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シニアネット『おいおい』    第1039号  (2011年08月31日)
 
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━━━━━CONTENTS━━━━━━━━━━ 
巻頭俳句  朱夏と白秋の8月が終わる。「降る雪や明治は遠くなりにけり」の中村草田男。  
社説要約  野田新体制の問題点と期待すること(5紙)。小紙は産経社説の主張を支持する。
身辺雑記  民主党内のたらい回し政権。もう1年も我慢できない。総選挙で信を問うべきだ。
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━━ 巻頭俳句 ━━━━━━━━━━━━━━
 
八月尽の赤い日と白い月       中村草田男(1901-1983)

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やっと8月は終る。夏は朱夏、秋は白秋。立秋は8月8日。盂蘭盆は15日。だが、今年の暑さは猛烈だった。芙蓉がなかなか花をつけず、申し訳程度に咲いた。秋風がなかなか吹かなかった。残暑も厳しかった。すぐには白秋は見つからない。
 学校は明日から新学期。長い夏休みが終わる。大学は、来年から9月が新学期になるのだろうか。会社は年度の後半期。政治は民主党政権の3人目の総理誕生。経済は何とか立ち直って貰えまいか。
 作者の両親の故郷は松山市。昭和俳句論争では、常に主導的な役割を果たした。人間探求派と呼ばれる文学姿勢は不変だった。「萬緑」の季語の生みの親。
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┏━━ 社説要約(朝日新聞)━━━━━━━━
31日;(1)野田新体制―真の「挙党」をめざせ
『党幹事長に輿石東参院議員会長を、政調会長に前原誠司前外相を起用する人事を決めた。 この人事の評価基準は二つある。ひとつは、輿石氏が公言してきた、小沢氏の党員資格停止処分の解除問題だ。私たちは、いま解除する根拠はないと考えるが、どうするのか。 二つめは政策面の対立解消につなげられるか、どうかだ。 マニフェスト見直しの3党合意を守り、消費増税にも取り組む野田氏と、マニフェスト固守を唱え、増税を嫌う小沢氏とは距離がある。野田氏の政策遂行を支え、小沢氏らに同調を促すのが輿石氏の役割のはずだ。
 党内対立の原因をたどれば、小沢代表時代までさかのぼる。小沢氏は、20億円を超す党資金をみずからに近い党役員に「組織対策費」として渡していた。使途が明らかにされないため、配分が不公平だといった不満や疑念が党内に噴き出した。 こんな資金配分ができるのならば、幹事長職の奪い合いになるのは当然だろう。 だから「挙党態勢」に必要なのは、第一に資金面を含めた公正な党運営だ。要するに時のリーダーに左右される「人治」の政党を、規則に基づく「法治」の党に近代化することだ。岡田克也幹事長は、300万円以上の組織対策費を個人に出す場合、外部監査の対象にすると決めた。このルールを明文化し、輿石氏も継承すべきだ。 第二には、すべての所属議員が何らかの形で政策形成にかかわれるような仕組みにすることだ。民主党は内閣に政策決定を一元化してきたが、政府外の議員は採決要員のように扱われているとの不満を募らせた。
 衆参ねじれの現場では、政府の法案がそのまま成立するとは限らない。もっと与党議員が副大臣や政務官と連携し、野党との修正協議に臨んだ方が合意も得やすいだろう。 政調会長になる前原氏は、そんな改善策を実現すべきだ。 私たちは、グループごとのポスト配分争いより、もっと高い次元の「挙党」を望む。 (772字)。

┏━━ 社説要約(読売新聞)━━━━━━━━
 31日;(1)輿石民主幹事長 野田首相の政策実現へ動け
『党運営の要である幹事長に輿石東参院議員会長、政調会長に前原誠司前外相を内定した。参院議員が政権党の幹事長を務めるのは極めて異例だ。 野田新政権は、バラマキ政策に満ちたマニフェストの見直しや、震災復興や社会保障改革の財源確保のための増税、TPP参加などの重要課題を抱えている。いずれも野田氏が代表選で主張してきたが、海江田万里経済産業相らは異論を唱えた。今後、いかに党内の意見を集約し、これらの政策を実現するか、海江田氏を推した輿石氏の手腕が問われる。輿石氏は、参院民主党のまとめ役を長く務め、自民、公明など野党とのパイプもある。衆参ねじれ国会の下で、震災復興のための第3次補正予算案などの早期成立にも力を発揮すべきだ。
 一方、前原氏は、外交・安全保障政策に詳しく、野田氏と同じ世代で、協力関係にある。ベテランの輿石氏とのバランスも考慮したと見られる。前原氏は代表選で、政策調査会の見直しを掲げていた。より多くの議員を政策決定過程に参加させるのが狙いで、野田氏の「全員野球」の方針とも合致する。野田氏は、党政調会長には閣僚を兼務させない一方、政府の意思決定には「政調会長の了承を原則とする」方針を示した。党の政調機能を強化し、政府の政策に反映させる狙いがあるのだろう。ただ、菅政権では、社会保障と税の一体改革や、震災復興の基本方針を決定する際、政府案に党側が反対し、修正を求めるといった混乱が続いた。
 単に多くの議員が政策決定に関与するだけでは、増税など、小沢系を中心に抵抗感のある政策を先送りする結果になりかねない。建設的な議論を踏まえ、きちんと結論を出すことが大切だ。政府と与党との間の政策調整メカニズムを新たに築く試みがうまくいくかどうか。新政権にとって重要なハードルである。(737字)。

┏━━ 社説要約(日本経済新聞)━━━━━━
31日;(1)野田新代表は与野党協調で政策実現を
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E6E1EAE2E7E7E2E1E2E2EAE0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

┏━━ 社説要約(毎日新聞)━━━━━━━━
31日;(全)野田新首相 政治の歯車 着実に回せ
『政権交代を実現したさきの衆院選からわずか2年、民主党政権への信頼は大きく損なわれた。包容力ある政権運営をこころがけ、税と社会保障の一体改革など懸案にひるまず取り組まねばならない。
 ◇もろ刃の剣、幹事長人事◇ 政界進出に「地盤、看板、カバン」が必要とされ、2世議員や官僚OBが幅をきかせる中、松下幸之助氏が創立した政経塾は非世襲議員の有力な供給源に成長した。野田氏が日本新党から出馬し初当選した93年衆院選は「新党ブーム」で国会に多様な人材が参入した節目でもある。かつて野田氏自身が語ったように、政界への人材供給ルートの変化を新首相誕生は象徴したと言えよう。とはいえ54歳、衆院5期で首相の座についた野田氏を取り巻く環境はことのほか厳しい。
 元号が「平成」となって実に17人目、09年の政権交代からはや3人目の新首相の前に脆弱な党内基盤、ねじれ国会という壁が立ちふさがる。たとえ首相の顔を代えたとしても07年に退陣した安倍内閣を境に政治が失い続けた調整力、大局に立ち合意を形成する機能を回復できる保証は無い。その意味で、焦点の幹事長に小沢一郎元代表に近い輿石氏を起用したことはもろ刃の剣とも言える大きな賭けとなった。
 野田氏が「ノーサイド」を前面に掲げたように、第一に新首相に課せられるのは民主党の宿痾とも言うべき内輪もめを抑止する態勢の確立である。党を二分する選挙を経て小沢元代表は人事面での配慮を協力の条件としていた。だが、輿石氏起用が小沢元代表の発言力を不透明な形で強め、新政権が目指すべき世代交代の流れに逆行することを懸念せざるを得ない。特に小沢元代表への党員資格停止処分の無原則な解除は厳に慎むべきだ。岡田克也幹事長が取り組んだ組織対策費の見直しなど党資金の透明化を輿石氏が継続するかも重要だ。「挙党態勢」構築が一歩誤れば世論の激しい離反を招きかねないことを十分にわきまえねばならない。第二に避けて通れないのが、衆参逆転のねじれ国会への対処である。信頼関係の構築を当面は優先する方針に軌道修正した。大震災直後の緊急危機管理の段階を終えた今、大連立による連携を目指すのであれば外交、安全保障政策も含めた基本政策の合意は欠かせない。
 ◇ねじれ混乱、繰り返すな◇  次期衆院選も次第に視界に入る中、政策ごとの部分連合が現実的だ。とりわけ、本格復興予算となる3次補正予算案の策定は急を要する。内容のみならず、財源論議を並行し与野党が協議する枠組みを早急に整えなければならない。加えて与野党にはこの際、「ねじれ」国会の下で混乱を防ぐルールをぜひ議論してほしい。次期衆院選で民主、自民どちらが政権を担っても「ねじれ」が続く可能性がある。国会同意人事、予算関連法案の扱いなどで衆院の判断を尊重する合意はできないだろうか。参院での問責決議の位置づけも課題となる。「1票の格差」是正や参院のあり方とともに、与野党が「ねじれ」に伴うルールを議論することは自民党にとっても有益なはずだ。そのうえで、民主党が掲げた政権公約と政権運営のあり方の見直しが欠かせない。「脱官僚」の政治主導実現は会議から官僚を除外するような議論に矮小化し、「政と官」の歯車がかみ合わず混乱を招いてきた。政権運営のシステムを再検討すべきだ。
 野田新首相が代表選で復興財源のための臨時増税や税と社会保障の一体改革で持論を曲げなかったことは評価できる。衆院選を経ず首相を2度にわたり交代した以上、できるだけ速やかに民意の審判を仰ぐことが必要だ。政権公約を見直す中で維持する理念と実現可能な政策を仕分け、率直に説明しなければならない。大震災後、被災地を置き去りにして繰り広げられた政争は民主党のみならず、政党政治そのものへの不信を国民に生みかねない愚挙だった。政治の機能不全を食い止める責任を野田新首相のみならず、与野党は今こそ共有すべき時である。
(1592字)。

┏━━ 社説要約(産経新聞) ━━━━━━━━
31日;(1)野田新首相 輿石幹事長に唖然とする
『野田佳彦氏が唱えた「怨念を超えた政治」とは、政治資金規正法違反罪で強制起訴された小沢一郎元民主党代表の復権に手を貸すことだったのか。党運営を小沢氏に近い実力者に委ねることに、唖然とせざるを得ない。融和路線とは、何もしないことを意味する。マニフェスト見直しを認めない小沢氏を支持するグループと、見直しで自民、公明両党と合意を取りつけた反小沢グループとの調整が困難だということは、代表選でも分かったのではないか。小沢氏に対する党員資格停止処分の見直しについては、代表選でも焦点となった。「新代表の下で凍結なり解除するのが望ましい」と、口火を切った人物こそ輿石氏である。小沢氏の資金管理団体「陸山会」の規正法違反事件では、元秘書ら3人が逮捕・起訴され、虚偽記載額は20億円を超えた。小沢氏自身も強制起訴されるに至り、処分が決まった。見直し論は、党として一定のけじめをつけたことを反故にする動きである。この問題について、野田新首相は「これからの判決の結果を踏まえた判断がある」「経緯などを踏まえながら対応したい」などと述べていたが、明確な立場は示してこなかった。輿石氏は幹事長に内定した後、処分解除について、「私の考えは変わらない」と述べる一方、「いろんな考えがあるから、民主主義のルールと時機をみて考えたい」と含みを残した。
小沢氏は29日、「野田新代表にはがんばってほしいが、言葉だけの挙党一致なのか見極めないといけない」と語っていた。輿石氏の起用で、野田氏が小沢氏の要求に屈服したようにもみえる。国民の信頼を早々に失ったことを認識すべきだ。 政調会長には前原誠司前外相を充てた。「脱小沢」色の強い前原氏の起用で、野田新首相はバランスをとったつもりだろう。だが、これからの民主党が「政治とカネ」にどう向き合い、自浄能力を果たすのかについても、国民は疑念を持たざるを得ないことを新首相は分かっているのか。(797字)。

┏━━身 辺 雑 記━━━━━━━━━━━
 8月尽である。ストレスの溜まる8月だった。民主党の中のたらい回し政権。再び、国民の信任を得て無い総理である。代表選挙は茶番劇。松下幸之助は、嘆いているだろう。政経塾第1期生の総理大臣。ふさわしくない人を、民主党は選んだ。国民の意思とは遠い存在である。
 民主党の3役は、小澤の狙い通り。代表選挙は、「親小澤」と「反小澤」の構図の様に見せた。党三役の布陣をみる限り、民主党の利権を守る姿勢が見え見えである。「どじょう」だか、「金魚」だか、誤魔化しの政権になった。大臣も「涙を見せた大臣」も横滑り。「小鳩」の金権の政党に逆戻り。もう「総選挙」以外には国の政治を正す道はない。
 不適任な総理大臣のもとで、苦労をするより、国民が選んだ総理大臣に任せたい。ぐずぐずと、もう1年は待てない。最後の選択を「総選挙」に託したい。3党合意も、ねじれ国会もない。民主主義の原点である「おらが代表」に政治の舵取りをお願いしたい。(400字)。

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2011/08/23

シニアネット『おいおい』  。  第1038号

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シニアネット『おいおい』  。  第1038号  (2011年08月23日)
 
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━━━CONTENTS━━━━━━━━━━━━━━━ 
巻頭俳句 夏目漱石が俳句に生きる力を得た「修善寺の大患」。「生きる」ことの感動。   
社説要約 リビア今後(朝日、読売)。円高ドル安対策(日経、産経)、シベリア抑留(毎日)。
身辺雑記  民主党に、日本の将来は任せれえない。自民党が、戻れないのが情けない。
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━━ 巻頭俳句 ━━━━━━━━━━━━━━━
 
生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉    夏目漱石 (1867-1917)

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 1910(明治43)年8月24日、「修善寺の大患」。8月6日医師の勧めで修善寺へ転地養生中。鮮血500gという大吐血をして、人事不省になった。カンフル注射と食塩水注射を16本以上した。「30分ばかり死んでいらしった」とは鏡子夫人の言葉。約40日寝たきり。10月11日に東京へ帰り胃腸病院に入院。翌年2月26日に初めて自宅へ帰る。
 漱石は、この貴重な体験により、これまでの漱石から別の漱石を造り替えた。大患前の小説『吾輩は猫である』から『門』まで、大患以後の小説『彼岸過迄』から『明暗』までとは、まったく別の作品となった。外に向けられていた眼が、内面的心理的となった。俳句もユーモラスな俳諧から澄明で味わい深い心境の句になった。俳句は、片手間であったが、大患以降本気で取り組んだ。
 この年、147句あるが、144句が8月以降の作。「生きて」がこの句の命。蜻蛉は高いところを飛ぶ。布団に横たわった作者が、見た「赤蜻蛉」。秋の光を反射いて生き生きと飛んでいる。生かされた生命の驚き。しみじみとした生への感動が伝わる。
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┏━━処暑(24節気)━━━━━━━━━━━━━
 23日は「処暑」。残暑が厳しいが、朝夕は秋の気配が漂う。暑い昼間の時間が短くなったおとを感じられるようになる。鰯雲や羊雲が見られるようになる。秋の気配がどこからともなく忍び寄っているのが分かる。

┏━━ 社説要約(朝日新聞)━━━━━━━━━━
23日;(2)リビア―カダフィ後への支援を
『リビア情勢が急展開した。カダフィ政権が抑えていた首都トリポリに反政府勢力が攻勢をかけ、大部分を制圧した。42年にわたるカダフィ体制の支配は実質的に崩れたと見ていいだろう。リビアの民主化デモは、今春のチュニジアやエジプトでの民衆革命の達成の後に始まった。6カ月にわたり抵抗を続けてきた反体制勢力の粘り強さに敬意を表したい。 リビアでの動きは「アラブの春」の大きな進展である。政府による民衆への弾圧が続くシリアや、混乱が続くイエメンの動きを加速させよう。アラブ・中東では、ほかにも非民主的な政治や体制がはびこっており、民主化を求める動きへの追い風となるだろう。 今回、リビア民衆の主体的な動きで首都攻勢が成功したことで、内戦が長期化して国際社会が泥沼に入ることが避けられたともいえる。人道目的の軍事介入における反省としたい。
旧体制の決定的な崩壊が進むなかで、「カダフィ後」のリビアの再建、とくに民主化の実現に向けて、国際社会はすぐに動き始めなければならない。新生リビアの建設は、とてつもない新たな困難を伴うだろう。 カダフィ体制は部族を中心とした伝統社会の上に、社会主義直接民主制を唱える「ジャマヒリヤ体制」だった。憲法も、国家元首も、議会もないという特殊な制度であり、結果的には、無冠のカダフィ氏が部族を束ねる部族長のような権力と権威を独占した。 これが崩れた後、民主主義のルールも制度も存在しない。まさにゼロからの出発となる。 反体制派の中でも、カダフィ体制から離反した旧政権幹部や部族勢力が影響力を持つ。新しい時代を開くためには、憲法制定や選挙実施など民主化プロセスを一つずつ実現して、政治や社会の仕組みを作っていかねばならない。旧体制を打破して終わりではなく、これからがリビアの試練の始まりである。日本を含む国際社会の支援が求められる。(765字数)。

┏━━ 社説要約(読売新聞)━━━━━━━━━
23日;(1)リビア首都陥落 難題は「カダフィ後」の国造り
『北アフリカの産油国リビアで、最高指導者カダフィ氏の42年にわたる独裁体制が、崩壊への秒読みに入った。東部から広がった独裁打倒の波は、ついに首都トリポリに達した。反体制派の蜂起による内戦が始まって半年、米英仏の軍事介入から5か月が過ぎた。この間に多数の犠牲者が出たのは痛ましい。カダフィ氏は改革を求める国民の声に耳を貸さず、傭兵を使って武力弾圧一辺倒で応じた。それが政権崩壊の引き金となった。国民の武力抵抗と欧米諸国などの軍事介入を招き、孤立化した。リビア同様に、国民の民主化要求デモを武力弾圧し続けているシリアのアサド政権には、強い警告となるだろう。
 リビア情勢は、東部を制圧した反体制派と首都を拠点に西部を掌握するカダフィ政権側との間で、一進一退の攻防が続いていた。だが、カダフィ政権は、国際社会の経済制裁や、NATOが指揮した空爆と海上封鎖で補給路を断たれた。元首相や石油相が政権から離反するなど、政権幹部のカダフィ氏への忠誠心は失せ、政権側部隊の士気が衰えたのも当然だ。反体制派が頑強な抵抗に遭遇せずに首都に進攻できたのは、その証しと言える。
反体制派による首都完全制圧が成功しても、難題が待ちかまえている。「カダフィ後」の新体制をどう築くかという問題である。リビアには、エジプトやチュニジアと異なり、憲法や議会制度を持った経験がない。カダフィ氏は「人民大衆による直接民主主義」を掲げたが、カダフィ一族の恣意的統治に過ぎなかった。独裁崩壊は、ゼロからの国家再建を迫ることになる。リビアには、封建的な部族社会が残っている。反体制派はさまざまな部族や諸勢力の寄せ集めであり、部族対立が社会を不安定化させる可能性も常にあろう。反体制派を代表する「国民評議会」は、「正当な対話相手」「リビアの代表」として、国際的に認知されつつある。日本を含む国際社会は当面、この評議会と連携を深め、リビアの再建と安定化への道を模索していくべきだ。(812字)

┏━━ 社説要約(日本経済新聞)━━━━━━━
21日;(1)さらなる介入と金融緩和をためらうな
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E6E3E1E5E6E4E2E0E3E2EAE0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

┏━━ 社説要約(毎日新聞)━━━━━━━━
22日;(2)シベリア抑留 後世に伝える仕組みを
『氷点下40度を下回るような酷寒。意識がおかしくなるような飢餓。厳しいノルマを課せられた労働。徐々に失われていく人間性。シベリア抑留の悲劇は、どれだけ国民全体に共有されているだろうか。
 第二次世界大戦の終了後、旧満州(現中国東北部)などで降伏した日本人兵士たち約57万5000人(厚生労働省調べ)がソ連領やモンゴル領に連れて行かれ、労働を強いられた。うち約5万5000人(同)が抑留中に死去したとされている。今年春までに約2万人の遺骨が帰ったが、身元が判明したのは約800人。現在、日本に生存する元抑留者は約7万人と推計されている。日本とソ連は1956年の日ソ共同宣言で、互いに戦争に伴う賠償請求権を放棄した。元抑留者たちはシベリアでの労働の未払い賃金を日本政府に求めて裁判に訴えたが、97年に敗訴が確定。このため、立法による補償実現を目指した。 昨年6月に施行されたシベリア特措法により、抑留期間に応じて、国が生存者に25万円から150万円の特別給付金を支払うことになり、すでに6万人以上に支給された。同法に沿って、今月5日には「基本方針」が閣議決定された。遺骨収集や埋葬地調査、抑留体験の継承を進めていくことが明記されている。
  シベリア抑留問題については、いまだに、その実態がはっきりとしない。一体、何人がどこに収容され、何人が死去したのか。まず、抑留の全体像を明確にする必要がある。そのためには、ロシア側の情報公開や協力が不可欠だろう。遺骨や遺品の収集についても同様だ。同時にシベリア抑留の歴史を後世に伝える仕組みを確立させることが大切だ。元抑留者たちは、スターリンが抑留命令を発した8月23日を犠牲者の追悼日にしており、東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で集いを開いている。今年は細川律夫厚労相も出席する予定だ。この日への認識を深めたい。抑留問題についての日本人研究者は少ない。子供たちへの教育も併せ、既存の施設を有効活用することも求められる。抑留者たちは武装解除してから連行された。シベリア抑留は、捕虜の権利や早期帰国を規定しているジュネーブ条約やポツダム宣言などにも違反する組織的行為だった。私たちの民族の記憶といえるだろう。実態解明を進め、貴重な体験を次世代に伝えたい。(940字数)。

┏━━ 社説要約(産経新聞) ━━━━━━━
21日;(1)円戦後最高値 政府に危機感はあるのか
『急激な円高に歯止めがかからない。政府・日銀から迅速な動きも危機感すらも伝わってこないのは、どうしたことか。円の急騰が輸出企業の収益悪化を通じて景気を冷やし、産業空洞化と雇用情勢悪化に拍車をかけることは、言うまでもない。政府・日銀は、円売りドル買いの市場介入という緊急対策はもちろん、超円高に耐えられる産業構造への転換という中長期的な政策も急がなければならない。世界金融市場ではここにきて、欧州と米国の景気減速や財政不安に対する世界中の投資家の危機意識が連鎖してドルやユーロのリスクを避けようとする、いわば消去法的な円買いが起きている。その材料を投機筋が探していたところへ、頻繁に市場介入する計画はないと日本の財務省高官が語ったとの米報道が流れて、日本は為替介入に消極的と市場で受け止められ、最高値につながった。
 市場には常に介入への警戒感を与えておかなければならない、という鉄則を忘れた発言だ。金融当局は、必要ならいつでも介入するとの姿勢を緩めてはならない。
 先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は8日に、「市場安定に向けて協調する」との緊急声明を発表している。欧米に協調介入を強く働きかけるのに、この機を逸してはなるまい。日銀も追加の金融緩和が求められよう。問題は、今の超円高が欧米経済を要因としているだけに当面、収まらない可能性があることだ。円高はマイナス面ばかりではない。商品や原材料を輸入する企業の収益を押し上げる。輸入品が安くなれば、内需も拡大する。M&Aの好機でもある。事実、アサヒグループホールディングスがニュージーランドの酒類大手を買収するなど、M&Aが相次いでいる。政府は、こうした企業の海外展開を後押しする一方、国内の空洞化対策も進める必要がある。法人税率引き下げや経済連携協定(EPA)の拡大は待ったなしだ。成長が見込める医療、環境分野の規制緩和により内外企業の新規参入を促すことも、欠かせない。超円高時代も視野に成長戦略を練り直すときではないか。政府・与党は「退陣政局」にのみうつつを抜かしている場合ではない。(868字)。

┏━━身 辺 雑 記━━━━━━━━━
 民主党の代表選挙も、「かたち」をなしてきた。一番人気の前原さんが、立候補。小澤との関係が鮮明になる。1回の選挙では、過半数は無理だろうが、ファイナル2人には入るだろう。
先週の「週刊文春」のキャッチコピー。「あーあ、民主党。こんな奴が総理かよ。」である。「政治の貧困」は、ここまで来ている。政治に頼らず、個人で何かをしようと言う人が増えている。例えば、現在日本経済の最大の問題は、「円高・ドル安」の問題である。新聞の社説は極めて曖昧だ。新聞は、日本の将来の方向性を提案すべきだ。
 「政権交代を大合唱した」新聞は、民主党の体たらくをどこまで責任を持っのか。民主党は政権与党としての「賞味期限」はすぎた。前原さんだって、外交手腕には疑問符がある。まあ、1年間持てばいいのだろう。田中角栄の真似が出来なかった小澤さん。辞めたはずの鳩山さん。こうした人が民主党を動かしている。民主党の、1日も早い退場を願いたい。(400字)。

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2011/08/12

シニアネット『おいおい』    第1036号  (2011年08月11日)

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シニアネット『おいおい』    第1036号  (2011年08月11日)
 
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━━━━━CONTENTS━━━━━━━━━━━━ 
巻頭俳句 社会人になり日本経済新聞と共に50年。その「俳壇」で黒田杏子先生が、初投句を選句いただきました。人生を広くしてくれた俳句の出会いが、日本経済新聞。感謝しています。
社説要約 「世界規模の株安、金融不安」。新聞の論調は、9日から見て無ぬ振り。
身辺雑記  高齢者は「中途障害者」。実情の公開から問題解決が始まる。
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━━ 巻頭俳句 ━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
広島忌長崎忌わが誕生日    黒田杏子 (1938- )

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 8月11日は、東日本大震災5カ月目。8月は6日(広島忌)、9日(長崎忌)、そして15日(敗戦忌・終戦忌)。作者は8月10日生まれ。日本経済新聞「俳壇」選者。俳誌『藍生』主宰。
中学3年生の時に、「チボー家の人々」を読み感動して、原作者に英語の手紙を送った。大学生時代、1960年6月15日のあの安保の日の犠牲者樺美智子の俳句が多い。学生時代、セツルメント活動のリーダーが現在のご主人。父親は開業医、第2次大戦中は栃木県黒羽村に疎開。小学校卒業まで山村で生活。東京女子大入学と同時に学内の俳句研究会で、山口靑邨(96歳まで悠々たる人生を全う)に師事。俳人の母親(95歳で大往生)の勧めでもある。1961年、卒業後博報堂に入社。俳句中断。
 中断していた俳句に、20代後半にもどり、単独行で30年かけた「日 本列島桜花巡礼」を満行。「季語の現場人」と自ら命名。昨年瀬戸内寂聴の嵯峨野僧伽での「あんず句会」は25年。昨年12月、句誌「藍生」20周年記念特別号を発行。本年は句集「日光月光」で飯田蛇笏賞を授賞。「平明で、万人に分かる優しさが特徴。疎開時に自然に触れる機会が多かったため、季語の生かした使い方が見事である。」(『現代俳句大事典』より。どこいくのも、「モンペ姿」である。
 30歳を前に、俳句に戻った時点で、俳句の表現方法を唯一の表現手段と決めた。評論等の文章表現を一切手を染めなかった。その分、季語を大切にして、季語との一期一会を大切にする。
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┏━━黒田杏子先生選句━━━━━━━━━
 2006年10月22日の日本経済新聞「日経俳壇」に、初めて投句した句が活字になりました。地元のコミュニテイ紙以外初めてでした。黒田杏子先生に選句して頂きました。平成18年は私の俳句へのスタートとなりました。昭和18年4月国民小学校入学。俳句と学年を両輪にすることにしました。今年は俳句6年生、昭和23年小学校6年生。毎年1句か2句、日本経済新聞に選句して頂いています。最近は、毎日新聞の「俳句α」でも選句頂きました。
 独り身のひとり暮らしの豆ごはん     (日本経済新聞「俳壇」 2006年10月22日)
 月曜日午前八時十分原爆忌        (日本経済新聞「俳壇」 2007年09月16日)
 雨戸繰る勤労感謝の日の朝日       (日本経済新聞「俳壇」 2007年12月09日)
 更衣妻の呼名もかへてみむ        (日本経済新聞「俳壇」 2008年06月22日)
 面影も消えてゆくなり原爆忌       (日本経済新聞「俳壇」 2009年06月22日)
 封印の六十五年原爆忌          (日本経済新聞「俳壇」 2010年10月17日)
 ふるさとの小魚焼き温め酒        (日本経済新聞「俳壇」 2010年11月21日)
 田仕舞の煙くぐりてクラス会       (毎日新聞 「俳句α」 2011年4-5月号) 
地震と津波さらにフクシマ祈る夏     (日本経済新聞「俳壇」 2011年06月26日)
      *地震はナイ、津波はヨダと選者にカナを振って頂きました。
      *5月11日(震災2カ月目)の句

┏━━ 社説要約(朝日新聞)━━━━━━━
9日;(1)米国債格下げ―世界危機への連鎖防げ
『初の米国債格下げ。収まらない欧州の債務問題。そして歴史的な円高ドル安。財政赤字をめぐる不安が世界経済を揺るがす危機に発展しかねない。 そんな切迫感から主要7カ国(G7)が動いた。電話による緊急の財務相・中央銀行総裁会議を開き、財政再建や為替安定などで結束するとの声明を発した。機敏な反応を歓迎する。
 米国債は長く世界で最も安全な金融資産とされてきた。その最上位の格付けを、大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズが初めて引き下げた。債務上限の引き上げなどをめぐる米議会の政治的混乱から、本格的な財政再建への展望が暗い点を重く見た。政府債務問題は「その国が返済できるかどうかではなく、返済する気があるかどうかの問題だ」(ボルカー元米連邦準備制度理事会議長)といわれる。まさにこの点への疑義が募った。米政府と議会に財政再建策の拡充を改めて求めたい。
 ムーディーズ、フィッチという他の大手は最上位の格付けを維持した。相対的に信用が高く、発行量も多く、市場取引も活発な金融資産として、米国債に代わるものは他に見当たらない。投げ売りが広がる恐れは少ないとみられている。ただし、格下げの間接的な影響だけでも無視できない。投資家は米国債のリスクが高まった分、もっと危ない投資対象を減らして対応する可能性が高い。株式や格付けの低い債券への影響が心配だ。まず懸念されるのが、すでに欧州で燃え上がっている政府債務危機の火に油が注がれることだ。
 G7の緊急声明は、欧州が先に決めた欧州金融安定化基金の強化策を加盟国が早く承認して実行するよう催促している。イタリアの不安を抑え込むため、安定化基金の拡大にも急ぎ取りかかってほしい。緊急声明はドル安と為替相場の混乱を防ぐため、協調介入もにおわせた。日本は戦後最高値に迫る円高の進行を押しとどめたい。だが、ドル安は日本だけの問題ではない。昨秋のような通貨安競争の再燃は避けなければならない。進行中の危機は根が深い。市場の圧迫に耐え、景気悪化を防ぎ、しかも財政再建を進める。そんな3正面作戦に向けて主要国が腰を据えて協力できるかどうか。中国など新興国にも連携の輪を広げられるか。そして米国債の格下げで進むであろう国際通貨秩序の多極化にどう対応するか。山積する課題に、広い視野で当たってほしい。(954字)。

┏━━ 社説要約(読売新聞)━━━━━━━
9日;(1)G7緊急声明 問われる具体的な協調行動
『日米欧が連携して、米国債の格下げによる金融市場の混乱を回避する決意を明確にした。しかし、その効果は限定的で、市場の不安感は払拭できていない。より具体的な政策協調が問われよう。日米欧の先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は8日朝、緊急に電話で協議し、共同声明を採択した。東京やアジア市場が開く直前に会議を開いたのは、市場の動揺を警戒し、先手を打ちたいG7の危機感の表れだ。共同声明は、「金融安定化と成長を支えるためにあらゆる手段を講じる」と表明した。さらに「必要な場合は協調行動を取る」とし、資金供給によって市場を下支えする姿勢も明らかにした。先週末、米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが、米国の財政再建の見通しを厳しく評価し、米国債の格付けを史上初めて引き下げた。声明は直接、この問題に言及しなかったが、ドルの信認が一段と揺らぎ、世界的な株安連鎖と、ドル売りが加速しかねない正念場を迎えている。米国と欧州の財政赤字削減策に関し、声明は「断固たる行動を歓迎する」と指摘した。市場が評価できるような着実な財政再建を米欧に促すことで、混乱の沈静化を狙ったのだろう。
 8日の東京株式市場の株価は前週末比202円安と下落した。アジア市場でも株価が値下がりした。為替市場では、1ドル=78円をはさんだ取引が続いた。ひとまず、株価の暴落や円急騰は回避できたが、先行きは不透明である。市場はG7の一段の行動を求めているとみるべきだ。欧州では、ギリシャなど財政赤字国の国債利回りが軒並み上昇している。中でも、信用不安が広がっているイタリアとスペインが市場の焦点になりつつある。
 G7声明と連動する形で、欧州中央銀行(ECB)がさっそく、両国の国債を買い入れる方針を決めた点は評価できる。ECBは仏独と連携を強め、危機の封じ込めに全力を挙げてほしい。日本としては、円相場が再び、1ドル=76円台に急騰する事態を防がねばならない。日本が4日に単独で実施した円売り介入の効果が早くも薄れている。G7声明が過度な為替変動をけん制し、「緊密に協議し、適切に協力する」と明記した意義は大きい。ドル急落と超円高の阻止へ、日本は米欧との協調介入も含め、断固たる姿勢で臨むべきだ。(929字)

┏━━ 社説要約(日本経済新聞)━━━━━
11日;(1)政策の手詰まり示す米金融当局の声明
日本経済新聞の「社説」は コピー&ペイスト(p)が出来なくなりました。印刷は可能です。
アドレスを紹介しておきます。
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E1EAEAE1E4EBE2E3E3E2EAE0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

┏━━ 社説要約(毎日新聞)━━━━━━━
9日;(1)連鎖株安 不安心理に流されるな
『史上初の米国債格下げを受けた世界の株式市場で、相場が一段と下落し衝撃が走った。特に注目されたニューヨーク市場では、ダウ工業株30種平均が1日の下落幅として08年末以来最大の634ドル(5・5%)も下げた。これが翌日の東京市場を再び揺さぶり、日経平均株価は一時、400円以上も値下がりした。
 今回の世界株安連鎖は米国債の格下げのみならず、複数の大きな要因がからみあい進行している。即効力を期待できる政策も残っておらず、それが悲観論に拍車をかけている。ただ、株式市場でのパニック的な売りに関心が集中する中、ひとまず安心させられた動きや前向きの変化があったことにも目を向けたい。まず、格下げにもかかわらず米国債が買われたことだ。スタンダード・アンド・プアーズによる格下げの影響で最も恐れられたのは、米国債が急落し、ドル安に歯止めがかからなくなる事態だった。将来的にはわからないが、まずは「株より安全」と見なされ米国債は逆に買われた。欧州でも前進があった。欧州中央銀行がイタリアとスペインの国債を市場で買い支える決断をしたことだ。その結果、両国の国債利回りは大幅に改善した。財政統合までの前途は険しいが、信用不安に陥った加盟国をユーロ圏全体で支える仕組みの強化に、つなげてもらいたい。世界の株式市場が安定を取り戻し反転を始める道筋はまだ見えない。混乱が続けば日本経済への影響も決して小さくないだろう。しかし、不安心理に負けることなく、やるべきことを着実に実行していくのが、結局、回復への近道となるはずだ。
 まず、政府としては東日本大震災の復興に全力を挙げることである。海外の主要国がそろって景気後退懸念にさらされている中、これから復興が本格化する日本経済には成長期待が集まっている。早期に復興を果たすことが、被災地はもちろん、日本経済にも世界経済にも貢献することになるのである。企業はどうか。円高の負の面ばかり強調されがちだが、一方で円高を追い風に拡大している企業も増えている。調査会社トムソン・ロイターによると、1~6月の日本企業による海外企業の買収は金額、件数ともに上半期として過去最高を記録した。円高のうちに、そのメリットを最大限享受できるような戦略を練り、実行していきたいものだ。
 9日の東京株式市場は急落後、かなり値を戻した。割安感が出れば反転するのが株式市場である。日々の変動を過度に悲観し、自ら景気を冷やしたり、成長の扉を見過ごしたりすることのないようにしたい。(1031字)。
┏━━ 社説要約(産経新聞) ━━━━━━━━
9日;(1)G7緊急声明 日本の国益守り抜いたか
『先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は緊急電話会議を開き、米国債格下げに伴う国際金融市場の混乱を防ぐため、「必要なあらゆる手段を講じる」との共同声明を発表した。金融市場の動揺をどこまで抑えられるかは予断を許さない。各国が緊密に連携し、世界経済の失速回避に全力を挙げるのは当然だ。問題はG7の協議に日本がどう参加し、発言しているのかがほとんど見えない点にある。民間の格付け会社による判断とはいえ、世界で最も安全な資産とされてきた米国債が史上初めて格下げされた衝撃は大きい。格下げはドル急落や金利上昇につながる恐れもある。週明け8日の金融市場に懸念を抱いたオバマ米大統領は、先週末からサルコジ仏大統領やメルケル独首相と電話で相次いで会談した。欧州の各国首脳らも緊密に連絡を取り合って対応を協議した。
 しかし、G7首脳の一人である菅直人首相が米欧首脳らとの会談に参加した形跡は見られない。日本は約1兆1500億ドル(約90兆円)の外貨準備のほとんどを米国債で運用している。米国債の暴落は日本の国富の損失に直結する。菅首相には国益をいかに守るかという視点が欠けていないか。
 日本首脳の国益意識の希薄さは、G7の声明文からも読み取ることができる。声明には「米国と欧州で講じられた断固たる行動を歓迎し、合意の早急・完全な実施に注目する」と、米欧の対応への評価が盛り込まれた。
だが、日本が喫緊の課題としている円高阻止に関わる部分については「為替相場の過度な変動や無秩序な動きは経済に悪影響」との表現で協調介入に含みを持たしたものの、期待通りになるかどうかは分からない。各国の本音は、自国通貨安容認だからだ。日本経済は、東日本大震災からの回復の途上にある。円高が恒常化すれば輸出企業の業績を悪化させ、全体の景気回復の芽も摘んでしまいかねない。
 政府・日銀は先週、単独で円売りドル買いの為替介入に踏み切った。野田佳彦財務相によれば、電話会議では「各国に説明した」にとどまった。だが、協調介入なら効果はなお大きい。円高阻止への断固たる姿勢を示すためにも、各国を説得できる交渉力を発揮してもらいたい。(889字)。

┏━━NHK学園・和倉温泉俳句大会━━━━
7月29日(金)の大会で、秀作(銀メダル)を頂きました。事前投句したものです。
更衣机の向きを変えて見る     大阪 田村 昶三
http://72463743.at.webry.info/201107/article_31.html

┏━━身 辺 雑 記━━━━━━━
 「中途障害者」を考えよう。高齢者は大抵この分類に入る。障害者手帳の交付受けているシニアも多い。私も、2006年2月12日に心筋梗塞を起こして身体障害手帳4級を頂いた。JRの運賃が50%で助かる。介護者の妻も50%であるから、2人で1人前。
最近は、右耳が難聴になったが放置。腰痛は再生不可能で放置していたが、4月からリハビリ開始。前立腺癌は加療中。胸腺癌は5年解放。私の身体は「中途障害者」だ。2006年まで元気で働き、病気知らず。まさか病気のデパートになるとは予期しなかった。中途障害者だから、問題が大きい。再起不可能な機能が戻ると信じている。それに、加齢により感覚器官の機能がガタ落ち。情報のインプット力が弱い。なのに、ちゃんとしていると思い込んでいる。
厚生労働省も「中途障害者」には関心がある様だが、高齢者とは別範疇で確かな基準ははいようだ。高齢者は「中途障害者」という思想を提案したい。隠して居る訳ではないだろうが、皆様の状況をはっきり公開して、そのサポート体制を考えることが必要な様に思う。
従来の「社会福祉」と「社会補償」の発想では、解決不可能だ。国家予算の31%が社会福祉関係という現実を避ける訳にはいかない。(500字)。

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2011/08/06

シニアネット『おいおい』    第1035号  (2011年08月06日)

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シニアネット『おいおい』    第1035号  (2011年08月06日)
 
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━━━━━CONTENTS━━━━━━━━━━ 
巻頭俳句 戦争を知らない戦後生まれの「広島忌」の俳句。「市民」の在り方を問う。
社説要約 核の問題は、被爆から被曝の問題になっている。原子炉をめぐり、論調が対立する。
身辺雑記 66年前に見た広島の原爆。放射能により若く死んだ友人への鎮魂歌。
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━━ 巻頭俳句 ━━━━━━━━━━━━━
 
夕日その重さに沈む広島忌    田上康子 (1946- )

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 戦後生まれの原爆を知らない作者。6日の日本経済新聞夕刊の「耳を澄まして あの歌この句」で紹介された。体験のない戦争を知らない作者が、「歴史的な事実へと、沈む夕日を見つめて自身の感性を差し向けようとしているのである。自身の歴史的身体の在処を探るこのいわば沈思こそは、歴史に対する最も大切な市民の在り方ではないだろうか。いままたこの夕日はさまざまな意味で重たくて。」(俳人 横沢放川)
 66年目の「広島忌」。今年はフクシマの原発で、広島忌の意義がある。世界初の被爆。そして長崎。さらに、福島原発。放射の怖さは、被爆も被曝も同じである。他人には理解の出来ない恐怖。発癌の恐ろしさ。「広島忌」の意味が大きく変わった。
 作者プロフィール:東京都生まれ。横浜市在住。「萬緑」同人。句集『森の時間』
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┏━━ 社説要約(朝日新聞)━━━━━━━━━
6日;(全) 原爆投下と原発事故―核との共存から決別へ
『人類は核と共存できるか。広島に原爆が投下されて66年の夏、私たちは改めてこの重く難しい問いに向き合っている。 核を善悪に使い分けて、日本は半世紀の間、原子力発電所の建設に邁進してきた。そして福島第一原発で制御不能の事態に陥り、とてつもない被曝事故を起こしてしまった。
■平和利用への期待 ■  日本は、広島・長崎で核の恐ろしさを身をもって知った。なのにその経験を風化させ、いつしか核の怖さを過小評価したために再び惨禍を招いたのではないか。歴史をさかのぼってみる。 かつては被爆者自身も核の平和利用に期待を寄せていた。1951年、被爆児童の作文集「原爆の子――広島の少年少女のうったえ」が刊行された。平和教育の原典といわれる本の序文で、編纂した教育学者、故長田新さんは書いている。 「広島こそ平和的条件における原子力時代の誕生地でなくてはならない」  長田さんの四男で、父とともに被爆した五郎さん(84)は当時の父の心境をこう解説する。 原爆の非人道性、辛苦を克服しようと父は必死に考えていた。原爆に使われた技術が、平和な使途に転用できるなら人間の勝利であると。平和利用への期待は、被爆体験を省みなかったためではなく、苦しみを前向きに乗り越えようとする意思でもあった。 53年12月、アイゼンハワー米大統領の演説「原子力の平和利用」を機に、日本は原発導入に向け動き出す。54年3月、日本初の原子力予算が提案された。 原水爆禁止運動が全国に広がったが、被爆地の期待も担った原発が後戻りすることはなかった。
■影響の長期化は共通 ■ それから57年。広島、長崎、第五福竜丸、そして福島。ヒバク体験を重ねた日本は、核とのつきあい方を考え直す時に来ている。放射線は長い年月をかけて人体にどんな影響を及ぼすのか。原爆についていま、二つの場で議論が進む。一つは原爆症認定訴訟。国は2009年8月、集団訴訟の原告と全面解決をめざす確認書をかわし、救済の方針を示した。 しかし昨年度、認定申請を却下された数は前年の倍以上の5千件に及んだ。多くは原爆投下後、爆心地近くに入り被爆しても、放射線と病気との因果関係が明確でないと判断された。 「被爆者手帳をもつ約22万人のうち、医療特別手当が受給できる原爆症に認定された人は7210人と3%強。前年の2.8%から微増にとどまる。
 もう一つの場は、原爆投下後に降った黒い雨の指定地域を広げるかどうかなどを考える厚生労働省の有識者検討会だ。 広島市などの調査で、放射性物質を含んだ黒い雨の降雨地域が現在の指定地域の数倍だった可能性が浮上した。指定地域にいた人は被爆者援護法に基づく健康診断などを受けられる。
 健康不安に悩む多くの住民の声を受け、国は指定地域を科学的に見直す作業を続けている。一方、原発事故が起きた福島では長期にわたる低線量放射線の影響が心配されている。 福島県は全県民を対象に健康調査に着手した。30年以上にわたって経過を観察するという。被爆と被曝。見えない放射線の影響を軽減するため、息の長い作業が続く点が共通する。
■次世代への責任 ■ 核エネルギーは20世紀の科学の発達を象徴する存在である。私たちは、一度に大量の人間を殺害し、長期にわたって被爆者を苦しめてきた核兵器の廃絶を繰り返し訴えてきた。世界各国に広がった原発も、同じ燃料と技術を使い、危険を内包する。ひとたび制御を失えば、人間社会と環境を脅かし続ける。その安全性のもろさが明白になった以上、原発から脱却する道も同時に考えていかなければならない。
 世界には推定で約2万3千発の核弾頭がある。原発の原子炉の数は約440基だ。道のりは長く、平坦ではないだろう。核被害の歴史と現在に向き合う日本が、核兵器廃絶を訴えるだけではなく、原発の安全性を徹底検証し、将来的にゼロにしていく道を模索する。それは広島、長崎の犠牲者や福島の被災者、そして次の世代に対する私たちの責任である。 核との共存ではなく、決別への一歩を先頭を切って踏み出すことが、ヒバクの体験を重ねた日本の針路だと考える。 (1662字)。

┏━━ 社説要約(毎日新聞)━━━━━━━━━
6日;(1)原爆の日 経験を原発にも生かせ
『今年の夏は、いつもと様相が異なっている。3月11日に発生した東日本大震災は東京電力福島第1原発事故を引き起こした。地震と津波で壊滅した東北の町並みと、放射性物質による汚染によって住民が避難を余儀なくされた福島を、爆風と熱線によって廃虚と化した故郷と重ね合わせた広島と長崎の被爆者は少なくない。私たちは原子力の利用がはらむ危うさと今、向き合っている。今年の平和記念式典で読み上げられる「平和宣言」は原発事故を反映したものになる。広島市は初めてエネルギー政策の早急な見直しと具体策を政府に求める。引用するのは、核の軍事、平和利用双方に反対を唱えた被爆者で、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)議長などを務めた故森滝市郎氏の「核と人類は共存できない」との言葉だ。長崎市は、「脱原発」の言葉こそ使わないが、原発からの将来的な脱却を明確に打ち出す。
 被爆者・反核団体にも変化が見える。被爆者の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会」は1956年の結成以来初めて全原発の順次停止・廃炉を求める「脱原発」を運動方針に掲げることを決めた。放射線被害に苦しんできた経験を踏まえ、原発の周辺住民や作業員に「健康管理手帳」を交付し、定期的な健康診断を実施するよう求める要望書を政府などに提出した。原水禁も、原発事故を受けて初めて福島で世界大会を開催し、「脱原発」を訴えた。
 運動は一枚岩ではない。「平和運動と日本のエネルギー政策にからむ原発の是非は分けて考えるべきだ」という主張があるのも事実だ。すさまじい破壊力で一瞬にして大量の放射線を放出した原爆と、低線量の放射性物質の影響が広範囲で続く原発事故の違いは大きい。だが、人々が放射線被ばくによる不安に長年苦しめられる点は共通する。原発事故の場合、低線量被ばくの影響に未解明の部分があることが不安を大きくしている。原爆との違いも考慮したうえで、広島と長崎の被爆者を対象に放射線の影響を調査している放射線影響研究所など、専門研究機関が蓄積してきた専門知識やチェルノブイリ事故の経験を住民の健康管理に積極的に活用したい。
 核兵器と原発はこれまで切り離して考えられてきた。近年は原子力に対する「安全神話」も浸透していた。しかし、福島の事故は原発の危険性に改めて目を向けさせた。唯一の被爆国としての経験を原発対策にも生かしながら、従来にも増して核廃絶のメッセージを発信し続けるのが私たちの責務である。(1004字)

┏━━ 社説要約(産経新聞) ━━━━━━━━━
6日;(全)エネルギー政策 世界一安全な原発めざせ 今のままでは最貧国に転落だ
『原子力は、日本の基幹電源であり、生命線であるだけでなく世界が必要としているエネルギーでもある。原子力発電を論じる際には世界の諸情勢を展望して判断する見識が枢要だ。東日本大震災の被災者が歯を食いしばって耐え、復興に向けて努力する中で、日本国家を支えるエネルギーという基本的な土台が傾き、沈下しつつある。
 原発の定期検査後に運転再開ができなくなっている状況は、極めて深刻だ。事故機などを含めて54基のうち39基が止まっている。再稼働の条件となるストレステストの1次評価も実施されるが、来春には全電力の約30%を支えてきた原子力による発電量がゼロになりかねない。原発が15基しか動いていないにもかかわらず、幸い大停電は起きていない。だから「原発はなくても済む」という意見もあるが、それは違う。不便を耐え忍ぶ国民と企業の努力によって維持されているだけだ。
 ◆原子力重視は国際趨勢◆ 資源小国の日本が、衝動的な脱原発に駆られるのは問題だ。産業の海外移転に拍車がかかり、工業生産や経済活動が停滞する。アジアにおける国際的地位さえ、危うくなるだろう。世界の人口は70億人に向かっている。途上国の人々の健康な暮らしには食料と並んでエネルギーが必要だ。石油に代表される化石燃料には限界が見え始めており、価格の高騰も予見される。日本原子力産業協会の調査によると、世界の30カ国・地域に約430基の原発があり、全電力の15%を原子力が供給している。ドイツやスイスなど欧州の一部の国は福島事故を契機に原発廃止を決めたが、むしろ世界の趨勢は長期かつ安定した発電が可能な原子力の有効利用に進んでいる。海外では約70基の原発が建設中で約80基が計画中だ。米仏など原発重視を変更していない先進国との協調も重要だ。太陽光や風力、地熱発電に代表される再生エネルギーの利用開発も必要だが、本流を読み誤ると将来が危うい。
 日本は昨年、策定した「エネルギー基本計画」で、2030年までに14基以上の原発建設を目標に掲げていたが、今回の事故で新増設は事実上、不可能だ。東京電力は福島第1原発の4基の廃炉を決めている。事実上の「減原発」である。この電力不足分を当面、再生エネルギーなどで埋めなくてはならない。菅首相の場当たり的な迷走を放置すれば、日本はエネルギー最貧国に転落しかねない。
 ◆重要な技術力の継承 ◆ 原発の安全性を増すために、改革や改善を進めるのは当然のことである。原子力安全・保安院の経済産業省からの独立もその一つだ。国際原子力機関(IAEA)からも指摘された課題である。
 しかし、5日に政府が両論併記で示した「原子力安全庁」の試案は、来年4月の設置時期を含め最善とは思えない。原発事故の収束もまだ道半ばである。拙速を避け議論を深めるべきだ。日本は原発の基数と発電量において世界3位の国である。原子炉の製造や運転管理の両面で世界の最高水準の技術を有している。この知的蓄積をさらに発展、継承し、増え続ける途上国の原発に生かすことこそ日本の責務だ。
 エネルギーの安定確保は、国際社会の安全保障とも不可分の重要課題である。ベトナムをはじめ、日本製原発の輸出を交渉してきた相手国への国際的信用を損なってはならない。優れた原発を提供することで、日本の安全技術をさらに高めるというフィードバックを機能させてゆきたい。日本列島は、地震の活動期に入っている。津波を含めて耐震性のさらなる強化は必要だ。今回の事故から可能な限りの教訓を学び取り、「世界一安全」と胸を張れる原発をめざそう。(1460字)。

┏━━身 辺 雑 記━━━━━━━━
 8月6日は、広島忌である。月曜日午前8時15分に、3機のB29により投下された。写真撮影機と気象観測機と爆弾機「エノラ・ゲイ」。ソフトボール程のウラン235の核分裂は、30万都市を瞬時に壊滅した。3日後の9日に長崎市へ強力な破壊力もつたプルトニューム型が投下された。
 私事だが、広島型だから生き残れた。牛田山の山影で放射能も余受けてない様だ。放射能の影響だろうか、癌で若死にした友人が大勢いる。不思議な事に、私の家族には犠牲者が出なかった。10年間,政府も広島市も罹災者に施策をしなかった。差別を受けた苦い経験がある。
 月曜日で、小学校の校庭で校長先生の訓示を聞いていた。訓話が初まって、15分たっていたのだろう。写真のマグネシュームをたいた様な閃光が走った。数秒後、大爆風が来た。小学校は、陸軍病院になり、生徒は神社の階段や寺の本堂で分散授業。昼過ぎから、被爆者が陸軍病院へ逃げて来た。校庭は,死体が累積。村が火葬場になり、あの独問な悪臭がみなぎった。それも、数日続く。
 元気な被災者を数人ずつ民家で預かった。夕食の接待をした。小学生3年生が見た体験は、自らの「存在」と生きている「不思議」を痛感する毎日である。(500字)。

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